東京地方裁判所 昭和34年(ワ)9128号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔事実と争点〕原告は罹災都市借地借家臨時処理法の適用をうける借地権者であるが、賃借土地はすでに昭和二〇年五月焼失直後から訴外新井天徳らが不法占拠していたので、原告は賃貸人たる被告にたいし、しばしば土地引渡しを交渉したが、これに応ぜず、かえつて原告の借地権の処理法による対抗力がなくなつた後である昭和二七年一月七日本件土地の現占有者斎藤多美に本件土地を売却し、所有権移転の登記手続を経由し、被告の債務は履行不能となり、原告は借地権の価格相当の金一一〇万一四二〇円の損害をうけたから、これが賠償を求めると主張した。
被告は予備的に原告の借地権は時効によつて消滅した旨抗弁した。
判決は被告の消滅時効の予備的抗弁を採用し、つぎのとおり説明している。
〔判決理由〕被告は、原告の本件土地に対する賃借権は地上の建物が焼失した昭和二〇年四月一五日以後全くその行使がなされなかつたから右同日から一〇年間を経過した昭和三〇年四月一四日かぎり時効により消滅した旨主張するのでこの点について判断することとする。
<証拠>をあわせると、亡玄太郎は本件土地を管理していた弁護士安本寿一を通じ被告に対し地上の建物が焼失した後の昭和二一年半ば頃までの本件土地の賃料の支払をしたが、その後全く音信を絶つて本件土地を放置し賃料の支払いをしないまま昭和二二年一月四日佐賀県佐賀郡兵庫村において死亡し、原告が相続により右賃借権を取得した後にあつても、原告は昭和二七年佐賀県から上京して生活するようになつたが従前小林玉枝所有の建物が存在していた本件土地が戦災で荒地となつていることを聞き知つていたのみで、これにつき父亡玄太郎がなお賃借権を有していたことすら明確に知らず、同人同様本件土地を放置し、被告に対し本件土地の賃借権を行使するような行動に出たこともなく賃料の支払も全くせず、昭和三三年頃漸く同人が本件土地につき賃借権を有していたことを知つたけれども、本訴提起の昭和三四年一一月一六日に至るまで被告に対し何らの交渉もしなかつたことが認められる。この認定に特に反する措信すべき証拠は存在しない。
しかして、たとえ存続期間内にある土地の賃借権といえども、他の債権と同様これを行使することを得る時より一〇年間これを行わざるときは時効によつて消滅するものと解すべきであるが、右認定の事実によると、原告の本件土地に対する賃借権は昭和二一年半ば頃から本訴提起の昭和三四年一一月一八日まで全く不行使の状態にあつたことが明らかであり、その上本件においては右の期間中に賃貸人である被告が原告に対しその賃借権の存在を承認したこと又は原告が被告若しくは本件土地を占有する者に対し土地引渡の訴を提起したという事実については全く主張立証がないから、本件土地の賃借権の消滅時効は右不行使の始まつた昭和三一年半ば頃から少くとも一〇年間を経過した昭和三一年一二月かぎり完成し、右賃借権はこれによつて消滅したものとしなければならない。(鈴木醇一)